ODAGIRIENNE bis

オダギリジョーに魅せられて

ODAGIRIENNE(オダギリエンヌ)とはフランス語で「オダギリ専門家、研究家、ファンの女性」という意味である。フランス語の読み方の規則に従えば、このスペルだと実は「オダジリエンヌ」という発音になってしまい、オダギリエンヌと読ませるためには、ODAGUIRIENNEにしないといけないのだが、そのへんはODAGIRIのスペルを崩したくないということで勘弁してもらおう。

『人的境遇』』付記

なんだかタイトルが錯綜してよくわからなかったのだが、整理すると、中国での映画タイトルは『兰心大剧院』(繁体では『蘭心大劇院』)で、英字タイトルは《Lyceum Theatre》ということのようだ。マルロー原作は中国語では『人的境遇』であるが、どうやら舞台となるオペラハウスの名前が映画のタイトルに決まったらしい。少なくとも中国語より英語のほうがわかりやすいので、こちらの記事を参照するとよいかも知れない。フランスのサイトでは原作のタイトルと同じ《La condition humaine》で記事が書かれている。Lyceum Theatre(ライシアム劇場)はロンドンの名高い劇場だが、イギリス人が上海に建てた劇場も同名であり、映画の舞台となるのは後者のほうだ。日本で公開されることがあるとすれば、邦題はどうなるのだろう。

『人的境遇』は完成するのか?

オダギリが中国の映画『人的境遇』に出演し、撮影に入ると香港のメディアが先日伝えた。記事のひとつに、『人的境遇』はフランスの作家アンドレ・マルローの『人間の条件』の翻案であるという解説があり、俄然興味を持っていろいろ調べてみると、この作品は、「呪われた『人間の条件』」と言われるまでに数奇な運命にあることがわかったので、それについて少し書いておきたい。ただし、情報はすべてWeb上で得たものであるため、真偽についてまではわからないことをお断りしておく。

まず、マルローの『人間の条件』と今回の監督ロウ・イエ監督の関わりについて調べると、何とすでに2008年に『人間の条件』を撮影する許可を監督が得ていたことが判明。だとすると、今回の映画は10年越しに実現することになる。しかし、どうやらストレートに決まったことではないらしい。

マルローの『人間の条件』は1933年に発表された小説で、フランスの権威ある文学賞ゴンクール賞を受賞している。何十年間にもわたって多くの監督が映画化を企画したがいずれも成功していない。初期には、アンリ・ヴェルヌイユ、コスタ=ガヴラスといったフランスで活躍する映画監督の名前やロシアのエイゼンシュテインも映画化を目論んだ人として名前が挙がっている。

マイケル・チミノ(アメリカの映画監督・脚本家)はこの映画化が生涯の夢であると公言するほど熱心で、90年代には最初の脚本を書き上げたそうである。そして2001年に中国政府から撮影許可がおりたという。その際の企画には、キャストにジョニー・デップ、ダニエル・デイ・ルイス、ジョン・マルコヴィッチ、アラン・ドロンと、まあ錚々たると言っても足りないくらいの名前が挙げられていた。チミノの後には、映画化を目論んだ監督として、ジャン=ピエール・メルヴィルやベルトルッチの名前も見られる(参考:BIBLIOBSの2016年12月の記事)。この記事には Verrons-nous un jour «la Condition humaine» porté à l'écran? (私たちはいつの日か『人間の条件』がスクリーンにかかるのを見られるだろうか?)という言葉が書かれている。

チミノの企画は頓挫し(経緯は不明)、数年後にロウ・イエ監督が映画化するのではという噂が流れた。2009年にはロウ・イエが目下『人間の条件』の映画化に取り組んでいると報じられる(出典:PREMIERE の2009年5月の記事)。ロウ・イエは2006年に中国から5年間国内での映画製作禁止を命令された経緯があって、映画界では注目の存在だった。ところが、2013年の3月にチミノがついに撮影を始めることになったと発表する。一度読んだ記事が見つからないのだが、確か撮入して数日で計画が頓挫したのではなかったか?(経緯は不明)

一方同じ2013年にフランスのフレデリック・ミッテラン(映画プロデユーサー、監督)が同作を撮ることになるという記事も出た(出典:ActuaLitté 2013年11月の記事)。この時点でミッテランは「1年半かけて撮る予定だが、まだ中国ロケの許可が微妙だ」という言い方をしている。

なぜミッテランの計画が失敗したかは、これもまたわからないが、長年映画化を夢見て奮闘してきたチミノが2016年に亡くなったことから、ロウ・イエ監督の企画がスタート出来たのかも知れない。少なくともロウ・イエ監督なら、中国国内ロケに関して、ヨーロッパの監督たちよりは有利であろうから、撮影はうまく行くだろうか。

こういった経緯を読むと、作品が完成すれば、映画界としては大ニュースになることが予想される。そういう作品にオダギリがキャスティングされたことは、震えがきてもよいことかも知れない。今度こそ完成することを切に祈ろう。

ヨウジヤマモト groundYイメージビジュアルにオダギリ起用

年末になって、もう様々なニュースで押し潰されそうだ!
こういうファッションを違和感なく着こなせるのは、やっぱりオダギリ。

・ヨウジヤマモト「グラウンド ワイ」18年春夏でオダギリジョーとモトーラ世理奈を起用(Fashionsnap.com)

・ヨウジヤマモト「グラウンド ワイ」18春夏でオダギリジョー起用、半袖トレンチやドレープスカート(FASHION PRESS)

・Ground Y (グラウンド ワイ) 2018 Spring/Summer Collection イメージビジュアルに俳優 オダギリジョー モデル モトーラ世理奈を起用(Fashion-J)


・groundY オフィシャルサイト

『ルームロンダリング』関連報道(Web)

嬉しいことに、2018年のオダギリ出演作が発表になった。「TSUTAYA CREATORS’PROGRAM FILM 2015」で準グランプリを受賞した作品『ルームロンダリング』。監督・脚本を片桐健滋、共同脚本に梅本竜矢でオリジナルストーリーといういかにもオダギリの興味を惹きそうな企画。主演の池田エライザは名前を認識していない人だが、渋川清彦や光宗薫など馴染み深い俳優さんも出演。ストーリーも面白そう。何月に公開なんだろうなあ。楽しみだ!

【記事】
・池田エライザが事故物件を「浄化」 オダギリと共演の『ルームロンダリング』(CINRA.NET)

・池田エライザが“ハートフル・オカルトファンタジー”映画に主演 オダギリジョー、光宗薫、健太郎ら共演『ルームロンダリング』公開へ(SPICE)

・池田エライザ、オカルト女子に!? 『ルームロンダリング』共演にオダギリジョーら(Cinemacafé)

・池田エライザ、主演映画で“オカルト女子”に オダギリジョーらキャスト発表<ルームロンダリング>(modelpress)

・池田エライザが“事故物件”に住む!主演作「ルームロンダリング」でオダギリジョーらと共演(映画.com)

・池田エライザが訳あり物件を浄化する主演作公開、オダギリジョーや健太郎と共演(映画ナタリー)

・池田エライザ、主演映画『ルームロンダリング』でオカルト女子に 共演にオダギリジョーら(Real Sound)

・TSUTAYA CREATORS' PROGRAMからオリジナル映画誕生 映画『ルームロンダリング』が池田エライザ主演にて2018年公開決定!
(PR TIMES)
 TSUTAYA CREATORS' PROGRAMのことが詳しく書かれている。

・池田エライザ、“訳あり物件”に住むオカルト女子に 映画『ルームロンダリング』に主演(クランクイン!)

・池田エライザ、幽霊の悩み解決に奔走 主演映画『ルームロンダリング』2018年公開 (Oricon News)






☆『ルームロンダリング』公式サイト

『南瓜とマヨネーズ』感想(ネタバレあり)

監督・脚本:冨永昌敬
原作:魚喃キリコ『南瓜とマヨネーズ』(祥伝社フィールコミックス)
出演:臼田あさ美、太賀、浅香航大、若葉竜也、大友律、清水くるみ、岡田サリオ、光石研、オダギリジョー、ほか
2017年


冨永監督はやはりすごい、というのが初日に一度観た感想である。この脚本の練れ具合は、20〜30代女性の恋愛バイブルだという原作(まったく読んでいないし、存在も知らなかった)を、おそらくいささかも損なうことなく、むしろその魅力を数倍増させたのではないかと想像させる。脚本の無理のない筋の運び、しかも予定調和を排した各シーンの鮮度の良さ、気持ちのよいカメラワーク、キャストのはまり具合、どこをとっても文句のつけようがない。

しかし個人的には、また観たいかというと、映画の質の良さを鑑賞する、あるいはオダギリ演ずるキャラクターの魅力に浸る、この2つ以外にモチベーションはない。それは、ツチダとせいいちという2人が、私には共感できるポイントが皆無だったからだ。

不器用でダメな若者だからこを愛おしいという感情が湧いてこないのだ。もちろん年代の違いによる価値観のズレは大きいだろう。それでも、もし自分が若かったとしても、せいいちという人間は私がもっとも嫌悪するタイプの男性だから、観ていて不快この上ない。そんなせいいちが大好きで支えたいがために愛人契約までしてしまうツチダの発想にもまったく共感できない。想像にすぎないが、きっとこのカップルにとっては、人との様々な繋がりの中で肉体の繋がりに重きがおかれていないのだろう。ツチダが他の男と関係を持ったことに対するせいいちの感情は不思議だ。安原(光石研)がお金のための相手だったことから、せいいちは嫉妬心の類いを見せず、ダメな自分を鼓舞する存在に転化させる。「そんな金を俺が喜ぶと思ってんのか」(正確な台詞は忘れた)とあまりに陳腐な言い方でツチダに詰め寄るのがせきの山だ。「みんなせいちゃんのためじゃない!」と言い返すツチダの言葉もなんと古くさいことか。まるで演歌の世界で幼稚。ハギオとはお金のために繋がりではないから、せいいちがもっと重要視するのかといえば、それもない。せいいちの感情が動くのは、音楽に対することのみのように見える。

別の見方をすれば、日本での同棲ってこういうことなのだなと納得もする。ただ籍を入れないだけで、生活の実質は婚姻カップルと何も違わない欧米の同棲とは根本的に違う。二人で生活を作って行こうという意識が希薄なのだ。ツチダには相手の夢に乗っかるという同棲意義があるだろうが、せいいちにとってツチダはなんなのかと、これも不思議だ。意義など関係なく、居心地のよい空間を相手と作っていられればそれ以上のことは望まないということなのか。まあ、自分のことだけを見つめていられる年代の若者が描かれていても、エールを送る気にはなれないし、他人からエールを送られてもおそらく困惑こそすれ、彼らは嬉しくもないのだろうなと思う。

オダギリはこういう役こそ上手いなと心底思う。本来の自分とかけ離れていればいるほど、彼の演技は自由度を高め、伸びやかに見える。それでも突出することなく、だらしない色気を振りまくこのバランス感覚が見事。色気のないツチダとの関係は大変面白かった。

(2017.11.11 新宿武蔵野館にて)

『南瓜とマヨネーズ』初日舞台挨拶関連報道(Web)

・「南瓜とマヨネーズ」太賀の生歌にオダギリジョーが「役者にしとくのもったいない」(映画ナタリー)

・オダギリジョー:ギター弾き語りの太賀に「役者にしとくのもったいない」(MANTANWEB)

・オダギリジョー、臼田あさ美との“レジ裏の情事”は「えげつないリアリティ」(映画.com)

・オダギリジョーが太賀の弾き語りに惚れ惚れ!「役者にしとくのがもったいない!」(Walkerplus)

・オダギリジョー絶賛「すごい」太賀ギター弾き語り(日刊スポーツ)

・オダギリジョー、太賀は「役者にしとくのもったいない」(シネマトゥデイ)

・キャバ嬢演じた臼田あさ美、光石研との濃密シーンに苦笑「本当にイヤでした」(サンスポ)

みんなオダギリが太賀の演奏を絶賛していると報じているけれども、絶賛というほどではなかったと思う。けなすわけにはいかないから普通に褒めただけ。だって、高音は上がりきらないし、お世辞にもうまいとは…(笑)

『南瓜とマヨネーズ』初日舞台挨拶 第1回目上映後(ネタバレあり)

8:30からの上映ということで、起きられるか心配だったが、やはり出遅れて劇場到着が8:30ちょうど!チケットがあらかじめ手元にあって良かった。これが劇場発券だったら間に合わなかっただろう。上映後にマスコミが入り、MC伊藤さとりで舞台挨拶が始まった。上映後ということで、内容にかかわる話もいろいろ出た。さほど鑑賞の妨げになるようなことはないと思うが、ともかくネタバレがあることはお断りしておく。

musashinokan

登壇者:冨永昌敬監督、臼田あさ美、太賀、オダギリジョー

【最初の挨拶】
まず臼田あさ美だけが登壇。
臼田:朝早くからありがとうございます。初日を迎えるまで長い時間かかった作品で、初日を迎える実感がなかったのですが、今日になって今日が初日なんだとしっかり受け止められる初日となりました。

MC:(客席に)男性のタイプとして、せいいち派とハギオ派と皆さんはどちらですか?役者さんのことは考えずに。(客席の挙手は圧倒的にせいいち派)

臼田:え〜!私はどっちも嫌です!(笑)

そして、オダギリ、太賀、監督が呼ばれて合流。
太賀:初日に見に来てくれてありがとうございます。

オダギリ:えー、みなさんおはようございます。オダギリです。劇場の方だったかな、95%は女性客だと聞いていて、困ったな、そんな女性ばかりだと緊張するなと思っていたんですが、結構オジサンいるじゃないですか(笑)オジサンひとりひとりが味方だと思って喋ります。

監督:初日を迎えられて嬉しいです。

【原作者の魚喃キリコさんとのことを尋ねられて】
監督:魚喃さんとずっと昔から友だちで、少し先輩なので師匠といえる人です。その師匠から、好きなようにやってくれと言われ、自分流にやったけれど、喜んでくれたと思います。

【思い出に残るシーンについて】
監督:この3人が同時に出て来るところですね。あそこは面白かったですね。魚喃さんが一番大笑いした場面だそうです、原作にないんで。三者の個性がちゃんと出てる。オダギリさんは大の字になってるだけですけれど。

臼田:私もあの場面が印象に残っています。原作にないのでアリなのかと思ったけれど、このハギオは来ちゃうな、このハギオが来たら入れちゃうなと思いました。

太賀:せいいちとしては複雑な気持ちもあるんですが、オダギリさんと共演できるのあそこだけなので、楽しみにしていました。オダギリさんと同じフレーム内に収まる唯一の場面なので。

オダギリ:(あのシーンの時は)確か二日酔いで、朝からお茶ばかりガブガブ飲んでいたことだけ覚えています。そんなときに太賀君がギター弾くって(笑)楽屋でギター弾くってすごくないですか?(ここの話の脈絡はよく覚えていない)

【他のシーンについて】
太賀:臼田さんとのシーンは大事なんですが、バンドメンバーと居酒屋で空気感を作るのが重要でした。音は流れていないけれど、完璧に演奏できるくらい練習して、バンド仲間という関係を作り上げて、あのシーンにアプローチしていきました。

オダギリ:僕もまさにそのシーンをあげようとしてたんです、ホントに!じゃ、変えますね。ツチダとライブハウスに戻るんですが、脚本上はツチダとのシーンは屋上だったんですね。でも雨で、外で撮れないことになり、ライブハウスのレジの裏の小汚い場所で2人がヨリを戻すことになり、冨永さんのえげつないリアリティーが出て、雨が降ってよかったと思いました。

監督
:オダギリさん喜んでいましたよね。

オダギリ:こんなに(ライブハウスは)広いのに、ここですか?という(笑)

臼田:光石さんの変態ぶりが凄かったです(笑)一瞬だったんですけれど。

監督:光石さんからの香港土産(役柄上の話)は、臼田さんが一番嫌がるだろうというのを選んだんです。

ここで、太賀が劇中で歌う歌をライブで披露というサプライズ。ギターのチューニングがなかなか合わず、スタッフに頼んだり、一旦歌い出して、「も一回いいですか?」と歌い直したり。その間、あとの3人は向かって左隅の通路に用意された椅子に腰掛けて歌に聴き入る。太賀は7:30に劇場入りして、この場で練習したそうだ。

臼田:なんだか親のような気持ちで緊張しましたね。やっぱり太賀くんの歌はピュアです。

オダギリ:すごいですね、やらせる方もやる方も。役者ですから、そんなにギターうまくないはずなのにうまいし、あんな綺麗な歌ですごい!役者にしとくのもったいないですね。

臼田:撮影のときは、歌はぶっつけ本番だったので、せいいちが何を歌うか心配してて、感動しない歌だったらどうしようと思っていました。

太賀:撮影より今日のほうが緊張しました。撮影も緊張しますが、演じるということがひとつ入ると違うんですね。本番で臼田さんにがっかりされたらいけないと思って、一生懸命練習しました。

【締めの挨拶】
監督:恋愛の漫画を映画化したんですが、恋愛映画なのかな、変身できる男と変身できない男の話だと思ってます。これは女にもあること。恋愛を通して、そういうものを描きました。

オダギリ:冨永監督とは約12年ぶりに仕事ができましたし、太賀くんや臼田さんとも関われて、良い映画に関われたなと思います。自分も音楽やってますし、せいいちと同じような面もあり、自分を見るようでもありました。そんな青春映画に関われたことを嬉しく思っています。

太賀:最後の歌うシーンのとき、この人のために歌うんだと素直に思えて。ツチダを演じた臼田さんの存在が大きく、皆さんとめちゃくちゃ濃密な時間を過ごすことができました。

臼田:初日の朝一番に観ていただいて、ありがとうございました。絶対的な信頼のおける監督と、心強い共演者がいて作品を作ることができました。

この後マスコミによる写真撮影とムービーの収録。いつものことながら、ムービーカメラにはオダギリだけ手を振らなかった。恥ずかしくて嫌なのだろう。

舞台挨拶も終了して客席を出て、映画パンフを買っていたら、第2回目を鑑賞する友人とバッタリ。さっき舞台挨拶に向かうオダギリが近くを通ったと教えてくれたので、私も2回目の上映前舞台挨拶の時間までロビーに残っていて、入場するオダギリに間近で会えた(^^*)

(2017.11.11 新宿武蔵野館にて)

『エルネスト』舞台挨拶 渋谷UPLLINK

登壇者:阪本順治監督、オダギリジョー

ファイル 2017-11-03 20 02 30

UPLINKでの舞台挨拶を本日見てきた。映画は3回目になる。チケット売り出し開始の時間には通勤途中でネットアクセスが出来なかったので、上映後のチケットは取れなかったが、たったひとつ席があいていた上映前の15:10からの回に行くことができた。

UPLINKは58席というミニシアター、一番後ろの席だとしても登壇者の顔ははっきり見えるという利点がある。割りに前のほうの席だったので、今年一番オダギリに近かったかも(^^*)今日は髪の毛はすべて後ろにまとめて額も全部出し、髭もなかったのでスッキリ爽やか、麗しいオダギリそのものだった。

暗かったので、手探りで書いたメモ、結構な量があるのだが判読が難しい!MCは田添菜穂子さん。元アナウンサーだけあって、流れがスムーズでタイミングもよい進行ぶりだった。登壇者が2人だけだったことと、マスコミも入らなかったので、かなり長い時間、楽しい話をしてくれた。今回は撮影可ではなかった(不可というアナウンスもなかったけれど)ことだけが残念。

【冒頭の挨拶】
オダギリ:(前列の客席を見回して)何となく、(第1回の上映後の挨拶から顔ぶれが)変わってない人もいるんじゃないですか?2回目ってしんどいんじゃないですか?あ、えーと、2回以上観ている人はいますか?(沢山手が上がる)わーすごいですね。じゃあなるべく、たくさん質問を受けるように…

阪本監督:だから、ないんだって。観る前だから。

オダギリ:(笑って)あ、ないんですか、そうですか、全然聞いてなかった(笑)

監督:今日は文化の日ということで、文化の日とは直接関係はないけれど、どこかで繋がりを見つけてくれたら嬉しいなと思います。

【キューバでの撮影のために準備したことは】
オダギリ:そうですねえ…いやあ、薬も準備しましたね。環境が変わると、すぐ風邪を引くタイプなので。それから食べ物ですね。何かあったときに、リラックスできるために、ひと箱にいっぱい詰めて、海外にはいつも持って行きます。仲良くなった人にあげたりもするんです。今回ホテルの、荷物を運んでくれたりする人、ボーイさんみたいな人が初日から話しかけて来てくれて、日本の漫画が好きだって言うんです。日本の漫画には必ずラーメンが出てくるんで、いつかラーメン食べてみたいって言うんですね。それで真ん中頃に5パック、最後にまた5パックあげたんです。喜んではいたけれど、ちゃんと食べられたか心配です。話は逸れるんですけれど、フランスの共演者にラーメンあげて、その人が翌日、ラーメン作ったと写真を見せてくれたんですけど、汁がほとんどなくて、焼きそばみたいになってたんですよ。お湯入れて3分とか説明はしたけれど、どうしてでしょうね。(今後ラーメン指導をライフワークに、とMCから言われる)

MCはスペイン語の勉強の話や減量の話をさせたかったのだろうが、オダギリはちょっとひねって、「準備したこと」ではなく「準備したもの」の話をした。これは大変面白かった。

監督:準備したことは、ひたすら取材でした。漫画で思い出しましたが、ハバナ大学で日本の漫画が好きだっていう学生が話しかけて来て「テメエ、何やってんだ?」って言うんですよ(笑)どの漫画で覚えたのか知らないけれど、それは使っちゃダメな言葉だって言ってやりました。キューバというと危ないイメージがあるかも知れませんが、本当に治安の良い国で、親日家が多いんです。勝新太郎や仲代達矢をみんな知ってる。革命後にたくさん日本映画が紹介されたんですね。今は日本と国交はなくなったけれど、文化的には交流があります。日本の野球選手の名前もフルネームで知っていたり、イチローは今どうしてる?なんて聞いてきたりしました。

【チェ・ゲバラとフレディ前村のように、監督とオダギリさんも師弟関係のようなものがあり、お互いのリスペクトしている点はと聞かれて】
監督:いや、あんな命がけで戦ってないですよ(笑)

オダギリ:そういう意味の質問だったんですか!真面目に監督を目の前にしてなかなか言えないんですが、とっても真っ直ぐな方ですね。監督はだいたい電話なんです。いきなり電話がかかってくるんですよ、夜。それが恐くて恐くて(笑)現代人ってメールしちゃうじゃないですか。電話がかかってくること自体がほとんどないからドキドキしてしまうんですね、何があったんだろうって。監督にしてみれば、文字じゃなく、ちゃんと話したいんだろうなと思います。毎度、そういうことを感じさせられます。

監督:5回に2回は電話出ないよね。

オダギリ:僕の電話は鳴らないんです。だからほとんど何があっても気づかない(笑)

監督:はじめからそう言ってもらえれば(笑)最初はオダギリくんが21歳くらいで、ビール持って「順ちゃん!」なんて言ってましたけれど、それが今敬語になって、彼も一周回ったかなと。今回は彼も撮影は(いろいろトラブルがあって)きつかったと思うんだけど、嘆きとか一切言わないんですね。それが一番助かったことです。ここだけの話…(「ここだけの話」と監督が言うので、以下自粛)

オダギリ:そこはちょっと説明させていただくと…うまく説明する自信もないので、ま、いいか(笑)

【チェ・ゲバラの魅力について】
監督:一言では難しいですが…チェのことを人殺しとしか言わない人もいるし。でも、チェもフレディも最初から銃を持って戦うつもりはなかったと思います。医者ですしね。言論では立ち向かえないと思ったときに、銃を取ったと思います。彼は処刑されましたが、彼から悲劇じゃなくて、力強いものを受け取っているから、今でもみんながTシャツ着たりしているんだと思います。テロとの違いは、彼らは職業軍人としか戦わなかったし、一般の人には銃を向けなかった、そこがテロとは根本的に違います。

オダギリ:基本的なことになっちゃうんですけど、他者のため、誰かのために動けるというのが一番見習うべきところ。それでみんなゲバラのことを忘れられないんじゃないかなと思います。

【締めの挨拶】
オダギリ:(監督からとMCが言ったが)僕からいきますね。こういう作品は今本当に珍しいと思います。こういうタイプの作品は作られにくい作品なんですが、監督やプロデューサーが頑張って実現させて、皆さんに観ていただくことが出来ているのも幸せに感じます。これから日本映画がどうなっていくか、なかなか難しいです。こういう作品はもう作られないかも知れないし、だからこそ、この『エルネスト』が大事な作品になるので、育てていただけたら嬉しいです。そうすれば、こういう作品が作り続けられる環境が耕されていくと思います。

監督:これが17回目の舞台挨拶ですが、やっぱり言っておきたいと思います。「マリー・前村・ウルタードに捧げる」と映画の最後にありますが、フレディのお姉さんのマリーさんは、フレディが人を助ける医者と人を殺す銃との狭間で苦しんでいたはずだといっていましたし、フレディが亡くなったとき、お母さんは信じられず、体が悪いのにキューバに渡ったんです、今でも息子はハバナの大学で勉強しているはずだと。無駄に亡くなったのではないと慰められたけれど、息子を失った気持ちがわかりますかと泣き崩れたそうです。こういう話を聞いて、革命戦士としてではなく、名もなき一学生として描かなきゃと思いました。

(2017.11.3 渋谷UPLINKにて)
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