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昨日朝一番の上映で観て来た。4回目にして初めてスクリーンがまともに四角く見える座席である。公開3週目ということで、すでにこのシネコンではもっとも座席数の少ないスクリーンのうえ、8:40という早い時間帯のせいか、客は多くない。それでも観やすい位置のため、今回は全体はもちろん、映像の細部もしっかりとらえることができた。

今回よくわかったのは季節。冒頭の辞書編集部にかかっているカレンダーは6月のもの。そして、古参編集部員荒木(小林薫)が辞めるときは、9月のカレンダーがかかっていた。編集部の美術は見れば見るほど素晴らしく、DVDならストップしてよ~く見るのに、と思ってしまった。いずれ出るであろうDVDが楽しみだ。編集部のセットを様々な角度から写した静止画なんかが付録につくといいなあ。

馬締のアパートにある彼の蔵書は、いつも眺めるのが楽しい部分だが(もうちょっとカメラでじっくり見せて!といつも思う)、古書がとても多いのに気づく。常日頃神保町界隈の古書店巡りをしては買い込んでいるんだろうなあと、馬締の人柄がもう一歩突っ込んで理解できたような気がする。

ところで、その神保町であるが、玄武書房近くの住所表示が映るシーンがあり、「神保町4丁目」と記載されている。あれ?と思ったが、調べてみたところやはり神保町は3丁目までしか存在しない。可能な限り神田神保町という地域を舞台にしているが、最後のところでは架空の地名にしているわけだ。さらに地理的な関係では、馬締が会社から中央大学まで走ってゆくシーンがあるが(もちろん中央大学にしたって、映画の中では架空の設定であるが)、神保町からだと、もっとも近いと思われる市ヶ谷田町キャンパスだって、直線距離で4kmはあるはずだ。まさか多摩キャンパスまではいくら何でも走らないだろうが、西岡が宣伝部に異動になると聞いた馬締のショックはいかに強いものだったかがわかる。大学の門の前で二人が別れるシーンは、この映画にしては珍しく引きのショットで印象に残った。呆然とした馬締と、明るく振る舞いながらも寂しい思いの西岡の心情がわかるようなカメラワークだ。

麗美が社食で馬締のそばに行って、西岡が異動になることを告げるシーンがあるが、あれは麗美の自発的行為だったのだろうか。馬締になかなか言い出せないでいる西岡を見かねてのこと? それとも西岡に頼まれてのこと? 私は前者だと思ったのだがどうなのだろう。西岡の部屋で、異動について聞かされた麗美は、彼が相当ショックを受けていると悟り、黙っていられなかったのではないかと考えた。

西岡が麗美にプロポーズしたのは唐突のように見えるが実はそうではなく、極めて自然な流れがある。馬締の影響で、仕事に本気で向かうようになり、それと同時に麗美にも本気で向かうようになったためだろう。人間は真面目に人生と向き合おうとした瞬間に思い切った行動に出るという証だと思えた。

第1回目の鑑賞から感じていたことだが、この映画の全体的な印象として、台詞が本当にうまく各登場人物のキャラクターを浮かび上がらせているという気持ちの良さがある。例えば松本先生(加藤剛)だ。彼が体調をすぐれない中、香具矢の店で食事をするシーン。「ゲル状のものが食べたいですね」と言う。普通の人なら「柔らかいもの」とか「胃に負担のかからないもの」などと表現するところを、実に正確な言い回しをしていて、いかにも学究の人だなと思わせる。タケばあさん(渡辺美佐子)の台詞はちょっとオーバーで好きにはなれないが、「みっちゃん、お帰り」という声のかけ方が心地よい。

典型的な利益追求型の村越局長(鶴見辰吾)が、戦場となっている辞書編集部に激励に来る場面も好きだ。水と油かに思えた村越と馬締との、人間としての繋がり、互いへの信頼が浮かび上がった一瞬だった。このときの鶴見の様々な思いを含んだ笑顔も心に残る。

(2013.4.27 ユナイテッド・シネマとしまえん スクリーン6にて)