監督:ロウ・イエ(婁燁)
プロデューサー、脚本:マー・インリー(馬英力)
出演:コン・リー(鞏俐) マーク・チャオ(趙又廷) オダギリジョー パスカル・グレゴリー トム・ヴラシア ホァン・シャンリー(黄湘麗) 中島歩 ワン・チュアンジュン(王傳君) チャン・ソンウェン(張頌文)
2019年/中国/中国語・英語・フランス語・日本語
原題:蘭心大劇院/英題:SATURDAY FICTION
久しぶりに映画らしい映画を観た気がする。何をもって「映画らしい映画」と呼ぶかについては考え方の個人差が大きいと思うし、一方どんな映画でも映画だというのも真理だとは思うのだけれど、舞台挨拶でオダギリが言った通り、まさに劇場で観るべき映画、大きなスクリーンで温度や湿度を感じるべき映画なのだと思えた。プロデューサー、脚本:マー・インリー(馬英力)
出演:コン・リー(鞏俐) マーク・チャオ(趙又廷) オダギリジョー パスカル・グレゴリー トム・ヴラシア ホァン・シャンリー(黄湘麗) 中島歩 ワン・チュアンジュン(王傳君) チャン・ソンウェン(張頌文)
2019年/中国/中国語・英語・フランス語・日本語
原題:蘭心大劇院/英題:SATURDAY FICTION
本来なら2019年か2020年に日本公開されるはずだった作品。ずいぶん時間が経ってしまったが、ちゃんと公開されたことは喜ばしい。けれども世界がコロナ禍を経験し、ウクライナをめぐる問題、パレスチナをめぐる問題のただ中にある今、第二次大戦前夜の話が、単なる過去の歴史の一コマとは捉えられなくなってきていて、現在進行形の戦争が確実に存在することと考え合わせると複雑な気持ちにもなる。
物語の舞台となる「租界」についてはある程度の予備知識が必要だ。そして第二次世界大戦の引き金となった真珠湾攻撃へ至る連合国側と枢軸国側の対立構造や情報合戦についても知っておけば理解は深まり、描かれる緊迫感が更に実感を伴って迫ってくるだろう。そいういう意味では、映画パンフレット(1,100円と高い!)を先に購入して熟読するのもよいかもしれない。
スパイ映画と言ってしまえば確かにそうだが、欧米のそれとはまったく異質のアジア特有の湿度がモノクロ映像から伝わってくる。ロウ・イエ監督作品は雨が特徴的だと言われるが、今作でも雨が印象的だ。と同時に「血」の表情も凄い。モノクロだからもちろん血は赤くないが、脳内でどす黒い赤色に変換される。これが迫力なのだ。
音も印象的だ。人の足音、階段を上る音、やけにどの音も大きく響く。そして中島歩さんが舞台挨拶で話してくれた銃声が確かに轟音だ。劇伴をつけないことに決めたから他の音を大きくしたのか、様々な音を大きくしたために劇伴はいらないという結論に至ったのかどちらだろう。いずれにせよ、音楽をつけない自然音や生活音だけの静謐な映画ではない。むしろ様々な音が非常に雄弁で、ある意味では音楽の代わりもしているといった印象だ。
中国語、英語、フランス語、日本語で展開するシーンを次々と登場させる編集がとてもよかった。各陣営の思惑が上海租界の建築物を舞台に入り乱れ、いかにも「魔都」と呼ぶにふさわしい時代の雰囲気を作り上げている。
物語の展開は、実際の会話なのか芝居の中での会話なのか最初ごっちゃになってとまどった。少し経つと、そうか、芝居の台詞の場合は字幕が “ ” で囲まれるのかと気づいた。芝居の台詞は中国語だから、中国で公開される場合は字幕がつかないはずなので、実際なのか芝居なのかわかりにくいだろうなと思った。けれども、芝居の台詞は現実の出来事と呼応しており、境目が曖昧なのも意図的なものだろうと感じられる。
実力のあるキャストが集まっただけのことはあり、演技は誰もが素晴らしい。コン・リーの存在感はさすがのひと言である。女優(スパイでもある)なのに綺麗な服を着ているわけでも、ヘアスタイルをビシッときめているわけでもない。アクションシーンでも格好つけた身体の動きは一切ない。とてもとても自然なのでドキュメンタリーを見ているのかとさえ思う。でも素敵だ。
男優陣はみな当時の服装がよく似合う。オダギリも中島くんもチェスターコート姿がカッコいい。そういえばお二人とも丸顔で目が細いという日本人特有の風貌ではないので、日本軍とはいえ、無国籍感が漂う。日本軍の兵士たちが登場するシーンでは、この二人との顔の造作の差に可笑しくなってしまった。
中島歩くんは素晴らしく良かった。彼は『水曜日が消えた』(2020年)での演技が印象的なのだが、こんなにハードボイルドな役がしっくりくるとは想像していなかった。声の調子からして武闘派の荒々しさが出ている。古谷が怪我をしてベッドにいるときに、危険を察知し古谷を護って銃をぶっ放す一連のシーンがカッコいい。
映像も私好みだった。画に奥行きがあるように感じられるのはモノクロのせいばかりではないだろう。雨や扉や窓といった要素の使い方がじつに上手いと思う。
オダギリの役は重要なファクターとは言えるのだが、とりわけ活躍するわけでもない。海軍少佐という設定でこの時代、殺された妻のことをこうまであからさまに引きずるものだろうかという疑問は残る。そうでないと物語が進まないので仕方ないが。催眠術の話は舞台挨拶を聞いて知ったのであり、映画を観ているときにはそのシーンが催眠術だとは思わなかった。
ユー・ジン(コン・リー)がなぜ「ヤマザクラ」をシンガポールだと報告したのかが最大の謎だ。彼女自身が「女優としてもスパイとしても十分生きた」と思ったとしても、連合国側の益にならない行動をとる理由にはならない気がする。かと言って、間違って殺してしまった(話の流れからしてたぶん)古谷の妻に対して良心の呵責を覚えたというのも違う。そうは言っても、そこが謎のままでもちっとも構わない。
ヒューバート(パスカル・グレゴリー)が最後に本を捨てるシーンが本当に切ない。ゲーテの初版本なのに!
(2023.11.3 シネ・リーブル池袋 劇場1にて)